
By Pedro Moura Pinheiro
チェルノブイリ原子力発電所事故
1986年4月26日1時23分(モスクワ時間 ※UTC+3)にソビエト連邦(現:ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた原子力事故。後に決められた国際原子力事象評価尺度 (INES) において最悪のレベル7(深刻な事故)に分類される事故である。
wikipedia
原発事故以来、その美しさをそのままに保っている、当時は近代的だった病院の建築物。3つの診療科、研究棟、400人の入院患者を収容可能だった。今までに放射能の影響で命を落とした人の数は最低でも28名とのこと。
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病院の屋上から望む、原子力発電所。
Chanel ↑171
これは美しい。
珍しいね。
King in the North ↑18
常日頃から「訪れてみたい」って思ってる場所だ。
魅力的だよ。
Katy ↑22
無理。
絶対に行きたくない。
夜とか怖すぎ。
John ↑32
当時そのままって感じは受けないなあ。
泥棒みたいのが、荒らしまわった雰囲気が見て取れるもん。
時間だけによる風化であれば、ここまで散乱したりはしないでしょ。
lozza ↑50
不気味・・・。
Nic ↑32
画像を加工し過ぎ。
こういう写真は、そのままの状態こそが素晴らしいんだってば。
【チェルノブイリ】廃墟の街に、ひっそり残された落書き達・・・。
>>Nic
mileage ↑26
自分も「ちょっとやり過ぎかな」とは思ったけど、コレはこれで美しいとは思う。
Silvermist ↑41
ここなら最高のホラー映画が撮れるね。
>>Silvermist
AJC ↑30
サイレントヒルとかには持って来い。
tanner ↑110
デトロイトのダウンタウンそのもの。
学校の廃墟写真に、当時の画像をはめ込んでみた【デトロイト】
Ron ↑86 ロシア
ドイツもコイツもロシアロシア言いやがって、地図見ろよっ。
ウクライナだよーーっ!
ソ連時代だって、ウクライナって名前をもってたんだから。
Taj ↑129
実は数週間前に行って来た。
放射線のレベルは、1986年当時と変わってはいなかったね。
閉鎖された区域はとても美しく、静かで、そして怖ろしいって感じだ。
再度、居住できるのなんて気が遠くなるほど先の事だろう。
Oggie ↑135
最後の写真、向こうの左側の煙突から蒸気が出てるのが気になってるんだけど・・・。
Gabriela Klinga ↑38
自分はスロヴァキア人で、事故当時は7歳だった。
事故後3日間は、誰も何が起こったのか知らなかったんだからね・・・。
共産主義国家だったから。
政治家達は呪文の様に「何も問題は有りません。同盟のソビエトが意図的にやっている事です。さあ5/1を祝いましょう」って言ってた。皆うろたえてたなあ・・・。スロヴァキアはロシア、ベラルーシ、そしてウクライナと同様に一番危険に晒された国の一つだった。本当に、どれだけ我々の生命に影響を落としてるのかと思わずにはいられない。実際、父と祖父は既にガンで亡くなってる・・・。
Kevin Knight ↑35
去年、ツアーで行って来た。
皆が言うように、「伝わってくる悲しみ」以外は素晴らしい旅だった。
行って来た場所のほとんどは、2時間程度の滞在であれば健康的な影響も無かったし。旅客機の乗務員が一日に浴びる放射線よりも少ないんだよ。
自然放射線
【ロシア】「こんな陰鬱な街見た事ない」【ノリリスク】
daylymail
これは美しい。
珍しいね。
King in the North ↑18
常日頃から「訪れてみたい」って思ってる場所だ。
魅力的だよ。
Katy ↑22
無理。
絶対に行きたくない。
夜とか怖すぎ。
John ↑32
当時そのままって感じは受けないなあ。
泥棒みたいのが、荒らしまわった雰囲気が見て取れるもん。
時間だけによる風化であれば、ここまで散乱したりはしないでしょ。
lozza ↑50
不気味・・・。
Nic ↑32
画像を加工し過ぎ。
こういう写真は、そのままの状態こそが素晴らしいんだってば。
【チェルノブイリ】廃墟の街に、ひっそり残された落書き達・・・。
>>Nic
mileage ↑26
自分も「ちょっとやり過ぎかな」とは思ったけど、コレはこれで美しいとは思う。
Silvermist ↑41
ここなら最高のホラー映画が撮れるね。
>>Silvermist
AJC ↑30
サイレントヒルとかには持って来い。
tanner ↑110
デトロイトのダウンタウンそのもの。
学校の廃墟写真に、当時の画像をはめ込んでみた【デトロイト】
Ron ↑86 ロシア
ドイツもコイツもロシアロシア言いやがって、地図見ろよっ。
ウクライナだよーーっ!
ソ連時代だって、ウクライナって名前をもってたんだから。
Taj ↑129
実は数週間前に行って来た。
放射線のレベルは、1986年当時と変わってはいなかったね。
閉鎖された区域はとても美しく、静かで、そして怖ろしいって感じだ。
再度、居住できるのなんて気が遠くなるほど先の事だろう。
Oggie ↑135
最後の写真、向こうの左側の煙突から蒸気が出てるのが気になってるんだけど・・・。
Gabriela Klinga ↑38
自分はスロヴァキア人で、事故当時は7歳だった。
事故後3日間は、誰も何が起こったのか知らなかったんだからね・・・。
共産主義国家だったから。
政治家達は呪文の様に「何も問題は有りません。同盟のソビエトが意図的にやっている事です。さあ5/1を祝いましょう」って言ってた。皆うろたえてたなあ・・・。スロヴァキアはロシア、ベラルーシ、そしてウクライナと同様に一番危険に晒された国の一つだった。本当に、どれだけ我々の生命に影響を落としてるのかと思わずにはいられない。実際、父と祖父は既にガンで亡くなってる・・・。
Kevin Knight ↑35
去年、ツアーで行って来た。
皆が言うように、「伝わってくる悲しみ」以外は素晴らしい旅だった。
行って来た場所のほとんどは、2時間程度の滞在であれば健康的な影響も無かったし。旅客機の乗務員が一日に浴びる放射線よりも少ないんだよ。
自然放射線
【ロシア】「こんな陰鬱な街見た事ない」【ノリリスク】
daylymail
日本の歴史教科書じゃないんだから…